鶴竜は10勝5敗-9勝6敗-9勝6敗-14勝1敗
優勝同点-14勝1敗優勝で横綱昇進を果たした。
この間優勝1回、通算56勝19敗の成績である。
旭富士以降8人続いた2場所連続優勝による横綱
昇進の記録はストップした。

それではほかの力士はどの程度の成績で昇進した
のか。以下戦後場所数が増加しつつあった千代の山
以降を調べてみた。

■系統別総当たり時期 ◎は優勝    
                   5場所前 4場所前 3場所前 2場所前  前直        合計
千代の山◎12勝3敗  9勝6敗  11勝4敗 8勝7敗 ◎14勝1敗  54勝21敗
鏡里          12勝3敗 11勝4敗 11勝4敗 12勝3敗◎14勝1敗  60勝15敗
吉葉山   6勝3敗6休 10勝5敗 14勝1敗 11勝4敗 ◎15勝     56勝13敗6休
栃錦             8勝7敗 9勝6敗  9勝6敗◎14勝1敗 ◎14勝1敗  54勝21敗
初代若乃花10勝5敗 11勝4敗 11勝4敗 12勝3敗 ◎13勝2敗  57勝18敗
朝潮             10勝5敗 11勝4敗◎14勝1敗 11勝4敗 13勝2敗  59勝16敗
大鵬             10勝5敗 12勝3敗 11勝4敗 ◎13勝2敗◎12勝3敗 58勝17敗
柏戸            ◎13勝2敗 12勝3敗 10勝5敗 11勝4敗  12勝3敗   58勝17敗
栃ノ海             10勝5敗 8勝7敗 11勝4敗 ◎14勝1敗 13勝2敗   56勝19敗
■系統別総当たり4場所、部屋別総当たり1場所     
佐田の山        11勝4敗 8勝7敗 13勝2敗 13勝2敗 ◎13勝2敗   58勝17敗

かつて大関玉錦は横綱のいない時代、9勝2敗-9勝
2敗優勝-9勝2敗優勝-10勝1敗優勝でも横綱に昇
進できなかった。横綱に対する見識を示した時代で
あった。
横綱の昇進は本物の横綱を本来誕生させるために
つぶさに検討すべきものである。しかし、現実は
横綱の粗製濫造である。

千代の山の2場所前の8勝7敗は現在なら横綱昇進の
話題にすらならない。その千代の山は後に横綱返上問題を
引き起こしている。千代の山に限らず、栃錦など1ケタ
勝利がある力士は安定感に欠けることを示唆している。
連続優勝で昇進し、後に時代を築いた栃錦さえ横綱として
途中休場、連続9勝6敗、途中休場と低迷時期があった。

土俵の鬼といわれた先代若乃花が横綱になったとき、
若乃花は私に対して「困った、困った」を繰り返して
いたのを思い出す。その顔には横綱になった喜びの
顔さえなかった。
横綱になった責任、その重さに押しつぶされそうに
なる悩める姿を目のあたりに見て、私は感動したもの
だった。(大相撲はんどぶっく-日本スポー出版社刊の
中の「横綱」-この不可思議なもの 小坂秀二氏筆より)

若乃花は大関時代から横綱鏡里、吉葉山より強いと
見られ、大関在位中は1ケタ勝利が1度もなかった。
責任感がさらに猛稽古後につながり、後に戦後最強と
までいわれた。

新しい英雄として登場した大鵬は若くて強くてあっと
いう間に優勝・大関を手中にした。横綱は時間の問題
だった。大関4、5場所目連続優勝で横綱に昇進した。
優勝が5場所前にしかない柏戸が同日昇進できたのは
大関時代の勝率が大鵬と遜色ないという後付理由で
あった。
(この項目続く)
<写真は若乃花>
若乃花